こどもの登校に合わせて出社することで、気づいた貴重なこと。
こどもの登校に合わせて出社することで、気づいた貴重なこと。
これまでの私の人生は完全に会社に支配されていて、朝、家を出発する時間帯というのは会社の作業からの逆算で決めていました。
決めていたというより、自動的に決まってきていたという感じで全く主体性などありませんでした。
ちょっと意識高い系を気取っていたので、実際は始業の30分前には準備万端になるように、始業の45分前にはオフィスに到着するような時間設定でした。
以前のブログにも書いたのですが、今はそんな縛られた生活はやめて、子供が学校に行くのに合わせて出発して、会社には始業のちょい前に到着という感じです。何の問題もありません。
今日のブログは以前の出発時間を遅らせることで出来るようになったことに加えて、こどもと一緒にウチを出ることでわかったことです。
それは、こどもはウチにいるときと、ウチから一歩出たあとで考えていることがガラリと変わるということです。
ウチにいる間はゴロゴロと転がっていますし、ダラダラとしていますし、グズグズもしています。
それがランドセルを背負い水筒を下げ、靴を履き「行ってきまーす!」と声を発してドアを開け外の世界に一歩でた瞬間に変わるのです。
そこはもう通学路であり、学校に向かう道であり、学校生活の始まりなのです。
もうおうちでゴロゴロのダラダラのグズグズのあの子ではないのです。
うちの子は玄関から出て学校のある南方向へ、私は駅のある北方向へ歩き出すので、一緒に登校という訳にはいきません。
そうなると本当に一緒に出るといっても共有する時間は1分とかそれ以下くらいのわずかなものです。
それでもドアの向こうにでたそのときに世界が変わっていますから、それまでウチのなかではしなかった話を毎日必ずするのです。
「今日は体育が楽しみなんだ。得意な体操があるから」
「昨日、帽子忘れちゃったから忘れずに持って帰るね」
「今日はお友達と遊ぶ約束するんだ」
え? そんなこと? なんでもない話すぎるんですけど?? ってなりますよね。
でもオトンはこんな話をなかなか出来ないんです。
ウチにいたら遊ぼう遊ぼうばっかりだし、食卓でも今日あった出来事とか、週末やりたいこととか、トピックスがもう一段階レベルアップするのです。
こどもはお父さんに聞いて欲しいことがたくさんあるので、独り言のようななんでもないことはお母さんに言えば十分なのです。
だから昨日帽子を忘れたことはオトンはほとんど気づかないのです。
実際に子供が寝てる間に出社して、寝てから帰宅していた頃は、奥さんから聞く子供の話も何かしらの重大案件に縛られます。
お友達と遊んでなにかあったら知れますが、お友達と遊ぶ約束をしようとしている計画は知る由もありません。
でもこうしたほんの少しのつぶやくほどの会話から、この日のこの子の気分が伝わるのです。
学校へ行くときに最初にアタマに浮かぶことが、この子にとっては今日という日で一番気になっていることなのです。
それを本人のコトバで正確に温度を感じられるというのは、オトンにとってはこれまで全く気づかなかった貴重な経験です。
マインドフルネスでも、空間の境界を意識するというものがあります。
私にとってもウチの玄関口というのは、家庭と社会をつなぐ境目です。
この出入りに何を感じているのか意識することは、とってもマインドフルな生活を送る鍵になりそうです。
お姉ちゃんがひとりで登校するのは今年まで。
来年からは弟がついてきます。
そうなると今日のような会話はできないかも知れません。弟がいることで、ウチと学校の境界があいまいになるからです。
この一年の間、玄関をでてからお姉ちゃんがどんなコトバを発するのかを、集中して、意識して聞き覚えていこうと思います。
今日もなりふり構わず必死で頑張りマース!
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